2006年


2006年5月

2006に入って本格的景気回復が各マスコミでうたわれ、4月でバブル景気と並んで51ヶ月となり、11月には戦後最長の「いざなぎ景気」(1965〜1970年)を抜くとまで言われています。いかし一部の業種、業界の方を除いて、多くの方からその実感がないという声をよくお聞きします。このギャップはいったい何から起こっているのでしょうか?

1965年5月を谷としてそこから始まった「いざなぎ景気」は66年〜70年の間、GDPは毎年10%以上の成長がありました。所得もそれにつれて増加し、有効求人倍率も1970年には1.6%、消費者物価も1969年には6.4%の高騰でしたが、その年の賃金上昇率はそれを上回る16%もの高い伸びを示しているので、消費力が旺盛になっても、まだ高い貯蓄率を誇っていました。その結果、あらゆる産業が盛り上がり、企業の増収増益が9期連続を記録し、製造業の売上高純利益率にいたっては6%以上の高収益を上げました。

一方今回の景気回復期は、2002年度から今年までGDPが年率で1〜2%代の成長で、消費者物価指数は最近になってようやくプラスに転じようかという状況でしかありません。一方その間、ピーク時の1975年には23.1%あった家計の貯蓄率は減少し続け2004年には2.8%まで低下しました。政府の言う「景気のいい期間」とは生活者の実感に関係なく、あくまでもGDPがマイナスからプラスに転じて、次のマイナスになるまでの期間をいうのです。単純に過去の景気好調期の時間的長さと比較しただけで、その期間の質的内容を無視した政府発表では、我々にとってその実感が伴わないのも当然のことです。

景気は回復しているというマスコミ発表を見続けていると、今までの経験則でそのうちに我々の業界にも、自社にもと考えてしまいがちですが、上記に述べたような質的違いを考慮すると、そのようにはならないことが明白です。この実感の伴わない景気動向こそが、今後の日本の常態であると考えるべきなのかもしれません。

このようなあまり変化の少ない状況はややもすると「ゆで蛙理論」にはまってしまうので要注意です。又穏やかな変化の中においては、情勢分析をして先を読むことが難しくなってきます。このような時代こそ必要なのは、以前にもここで書いた、「突然変異先にありき」の進化論です。「環境変化がまず先に起こって、それに対応して変化できた生物のみが生き残ってきた」といたダーウィンの進化論に疑問を投げかけた理論です。「生物は平常な時から常にあらゆる方向に突然変異を起こしていて、あるとき環境変化が起こると、たまたまその変化に対応できる方向に突然変異を起こした種が生き延びる」という「突然変異まずありき」の進化理論です。

企業も環境変化、時代のニーズを先読みすることも大事ですが、ヒラメキを重視し、それを具体化(突然変異)し、やっていく中でニーズが増えてくれば、そのひらめきの方向は今の環境の流れに合致していると考え、強化していく、ニーズが伸びなければそのひらめきをすばやく捨てる、その繰り返しの中で、会社を伸ばし、強化していくのもひとつの方法ではないでしょうか。大きな突然変異を少し起こすのではなく、リスクの少ない小さな変異をたくさん起こすのです。そのためには、ヒラメキが出てくる感性を研ぎ澄ませて行くことが重要です。それを研ぎ澄ませるには、情報を数多く取り入れることも必要ですが、多くの人の生の声を深く聴き、多種多様な本を読むことが大事でしょう。しかし感性を磨くのだという目的意識をしっかり持った上でないと、単に表面的に話を聞くだけに終始し、いい話を聞いたなで終わり、マスメデイアからは偏った情報に踊らされることになるかもしれませんので要注意。

2006年7月

<デフレ脱出か?>

 石油や原料の世界的高騰に投機マネーが拍車をかけ、ガソリン代や素材関連材料の値上げが目白押しで景気回復に警鐘を鳴らす経済評論家もいますが、それらの価格は川上になるほどグローバリゼイションの波に対抗するための寡占化が進んでいるため、価格転嫁は一方的に進んでいて、川下に行くほど収益を圧迫する構造になってきています。

消費者物価指数がプラスに転じ、デフレを脱却しつつあるとの日銀は見解を発表しています。確かに一部の商品でうれゆき好調ですが、底硬い需要増からの物価上昇ではなく、上記のような事情での供給サイドの川上価格の一方的高騰に抗し切れずに一般商品に値段転化が起こってきているのと、近年の異常気象と、日本以外での需要の変化、特に中国を中心としたアジア諸国の需要の増加によって、日本国内への輸入の減少による食料や一次産品の供給不足に起因するところがあるように思います。

我々中小企業にとってまだまだ景気回復は実感しにくいのが現状ですが、最近は特に大阪の景気回復の遅れがあるように思います。地域も二極化が進んでいるのでしょう。それにつれて感じるのが、今まで言われ続けていた日本の製造業の空洞化が少し日本回帰の様相を呈してきたにもかかわらず、今まさに起こっているのは大阪の空洞化ではと感じています。

<来た仕事を受けるか、受けないか、その判断の基準>

経営力強化策の一つに多くの企業が掲げるものに「営業力強化」があります。しかし物づくりの企業や零細、小企業は営業が苦手というところが少なくありません。それでも「営業力」を強化しなければならないと感じている所は多いでしょう。

「ヒマなときはどこへ行ってもヒマなのでから行っても無駄だ」「こんなときに行くと足元を見られて安い仕事しかない」とか言う声を時々聞きます。それなら忙しいときはどうでしょう。「今は忙しくて行っているヒマがない」「今注文が取れてもそれを受ければ従来のお客さんに迷惑がかかる」とか言われます。「そんならいつ行くネン!」と思わずつっこんでしまいそうになります。

出向いていかなくても、先方から仕事の以来があったときはどうでしょう。

ヒマなときは多少値段が安くても、納期がなかっても受けるかもしれませんね。忙しいときはどうでしょう。値段が非常に良かったり(こんなこと余りありませんが)、ついで仕事的にヒマなときに出来る仕事であったりすると受けるかもしれません。このように今までは、依頼があった仕事に対して特に価格と納期を「受ける、受けない」の判断基準とし、その上で自社の設備で対応できるか、今までやったことのある仕事の種類かを考えて決定していたのではないでしょうか。今後は自社が置かれている業種、業界の総需要が拡大しないのではという懐疑的考えに立てば、依頼があった仕事を受けるか受けないかの判断基準を変えてみる必要もあるのではないでしょうか。

今依頼が来ている仕事はどんな製品に組み込まれるのか、又、どんな機能を持ってどのように使われるのかをお聞きし、それが今まで自社がやっていない業界の仕事で、特に今後伸びると考えられる業種、業界と思えるなら、多少値段が厳しかっても、短納期であっても、又、今忙しくて新しい仕事をはさむ余裕がない場合は、従来の仕事を外注に出してでもその仕事を社内で取り組むべきではないでしょうか、そして、それに取り組むにあたって、自社の設備や技術では対応できない時は それを理由に断るのではなく、どこと組めば出来るのか、誰に聞けば教えてくれるのかを考え、その仕事を受注する努力をしてみましょう。それだけ努力したにもかかわらずたとえ仕事が受注できなかっても、その時得た知識や情報が今後の大きな財産になると思います。

時代が大きく変化している以上、今までの判断基準の立脚点を少し変えて違う見方をする必要があるのではないでしょうか。

2006年9月

<事業承継について考える>

 昨年の2005年、大方の予想より早く人口減少が始まりました。過去に先進国の中で人口減少していても経済成長を続けた国はなかったそうです。そういった状況の中で年初来、我が国は景気が回復してきていると伝えられています。しかし相変わらず、廃業率が開業率を上回り、国内の事業所数の減少に歯止めがかかりません。

先日ある講演会で「事業承継」の話を聞く機会がありました。2006年度版「中小企業白書」の中で経営継続可能にかかわらず、廃業を希望する中小企業が全体の5%弱もあり、日本経済の活性化のためには中小企業の活性化が重要と位置づけています。創業支援も重要であるが、操業維持、事業継続支援はさらに重要と考え、「事業承継ガイドライン検討委員会」を立ち上げ、そのための手引書を作成しました。一方で、中小企業が事業を親族に承継していく割合がこの20年間で93%から62%に減少しているデーターがあります。事業を引き継いでいくノウハウも重要ですが、そもそもなぜ今の事業を親族、ましてや自分の子供に継がせたくないのか考えてみる必要があるのではないでしょうか。親が継がせたくないのか、子供が継ぎたくないのか、そんな事業を他人さんに継がせるなんて、その人にとってもいい迷惑かもしれません。経営者個人補償システムも負担です。
(先進国で代表者個人補償があるのは日本だけのようですが。)

事業を引き継ぐとは、自分も含めて、働く人たちのその働く場を引き継ぐ、その会社の周辺に存在する企業の関係を引き継ぐことではないでしょうか。中小企業にとってその会社の従業員の方々はわりに近いところから通勤していることや、人や物の動きがご近所を通過して出入りすることから考えると、その会社の存在している地域との関係をも引き継ぐことになるのです。

そう考えると、今の仕事が業界が先細りだから継がせたくない、継続したくないと考えるのではなく、「場」や「関係」が生きているのか、生かすことができるのかと考え、そのためには事業内容そのものを大きく変化させる必要があるかないか考えなければならないでしょう。今までの「ベンチャー」や「創業支援」ではなく、昨今行政が力を入れ始めている「第二創業」「新連携」という考え方は一軒のベンチャー企業が成長して雇用を拡大し、その地域への貢献度を増すよりも、圧倒的多数を占める従来の中小企業が、それぞれ一社一人雇用を増やすほうが雇用や地域への影響が大きいと考えてきている証だと思います。

2006年11月

<格差社会の到来

とうとう戦後最長の「いざなぎ景気」を抜いて好景気期間の記録を更新することになりました。大手企業は相次いで上方修正の中間決算を発表し、政府は構造改革の成果と意気軒昂です。しかし、多くの一般国民、特に地方や、弱者にとってそのことを実感することができません。それどころか、「障害者自立支援法」や、「介護保険法」の改正によって、社会的弱者の負担が増え、憲法で保障されているはずの生活権まで犯されてきています。先ごろ財政破綻した「夕張市」に対して国は再建計画を求め、その内容を市民に説明している映像が流れていました。その計画は、私企業の再建計画の内容と類似するもので、徹底的に削るところは削る、と言うものですが少し違うのは、収入の部分を広く一方的に市民に強いるところです。企業活動に当てはめて考えてみると、収入を増やすために売値を一方的に上げるようなものです。7つある小学校を1つにし、保育料、高齢者診療費負担を増やします。20数年前に夕張市を車で走ったことがあります。その時にはすでに炭鉱は閉山されていて過疎化が進んでいました。産業としては農業、畜産が多い地域ですので学校も都会と違って広いエリアをカバーしているはずです。それがさらに減ることで遠くなり、保育料もあがるなら若い夫婦にとって住みやすいでしょうか。又、お年寄りにとっても負担が増えサービスが低下するのに住みやすいでしょうか。「そして誰も居なくなった」と言うことにならなければいいのですが・・・。

「景気回復の実感のないまま成長していくことを
 「creeping inflation(クリーピング・インフレーション)」(忍び寄るインフレ)
と、いうそうです。毎年1〜3%位の経済成長が続き、この状態が2015年頃まで続くと予想する研究者もいます。これも一種のよく言われる「ゆでがえる」(残酷な命名だなー)理論です。この低成長の中身は皆が低成長するのではなく、高成長するところと、衰退するところとがあり、その平均が少しプラスになるということを肝に銘じなくてはなりません。なんせ政治主導の格差社会ですから。そういった中で、中小企業の経営の舵をどのように切ればいいのか正直なところ私には分かりません。しかし鍋の中でじっとしていてはいけない、そうかと言って、あせって、もがいて鍋から落っこちてもいけないということだけはわかります。

<市況動向> ステンレス依然続伸

当初、ニッケルの高騰に起因すると言われていたSUS304系の市中相場の値上がりが、12月にはいっても続いている。これは、Niの高騰というより、中国向け輸出で高値成約していることに起因していることが大であろう。国内需要は大手ヒモ付きユーザー向けの荷動きは活発であるが、一般の需要そのものは、年初来からの値上げに次ぐ値上げに対抗して、先行仕入れをしたりして、需要の先食いが起こり、又、流通も品不足、先高感を警戒して在庫の積み増しに走ったために値上げの声の割りに、商いの動きは軟調である。行き過ぎには必ずゆれ戻しがあるのが世の常です。

そろそろそのターニングポイントが近づきつつあるような気がします。

<今月の一冊>「人間回復の経済学」 神野直彦著 岩波新書

好況時は過重労働、不況時はリストラ。私たちはまるで経済に従属して生きているかのようだ。これは本来の姿なのか?現在の閉塞状況は「構造改革」で打開できるのか?今こそ人間に従属する経済システムをつくる絶好の機会であり、それが閉塞状態打破のカギにもなる。社会、政治、経済の三者のあるべき形を提案する、斬新な経済社会論。