むらなみシリーズ  

博物館 明治村 むらなみシリーズ 『呉服座』


江戸時代以来の伝統建築の名残を留めるこの芝居小屋は、明治初年大阪府池田市の戎神社の近くに建てられ、戎座と呼ばれていたが、明治25年(1892)に同じ池田市の西本町猪名川の川岸に移され、名称も呉服座と改められた。ここでは地方巡業の歌舞伎をはじめ、壮士芝居新派、落語、浪曲、講談、漫才等様々なものが演じられたが、特に興味を引くのは、尾崎行雄や幸徳秋水らが立憲政治や社会主義の演説会に使っていることで、当時の芝居小屋が大衆の遊び場、社交場であると同時に、マスコミの重要な役割も果たしていたことがうかがえる。
 構造は木造二階建杉皮葺で、舞台、客席部分には大きな切妻屋根を架け、その前に軒の高い下屋を降ろして、小屋の入口にしている。正面の高い切妻には太鼓櫓を突き出し、入口下屋の軒下には絵看板を掲げている。正面の壁は黒漆喰塗で、腰には和風の下見板が建て込まれている。出入口の扉は、裏面は和風の舞良戸であるが、表面には洋風の枠飾り等を施しており、目新しさを感じさせる。
奈落は舞台の袖から降りて、廻り舞台の下を通り抜け、花道づたいに入口近くの楽屋の下まで達している。廻り舞台は、円周に沿って取り付けられた車と中心軸とで支えられている。
 
 1/150 スケール 

税込価格\2,160 (下部の台座は付属されておりません)

準備する物: ピンセット、カッターナイフ、木工用ボンド(速乾性細塗りタイプ)、カッターマット


博物館 明治村 むらなみシリーズ 『東松家』


  東松家住宅は名古屋の中心部堀川沿いにあった商家である。東松家は明治20年代後半までは油屋を生業とし、その後昭和の初めまで堀川貯蓄銀行を営んでいた。
 塗屋造という江戸時代以来の伝統工法で建てられているこの建物は、創建以来、再三の増改築を経ている。江戸末期、平屋であったものを、明治28年後方へ曳家(ひきや)の上、2階の前半部を増築して現在の店構えを完成させ、明治34年3階以上を増築したらしい。
 江戸時代にはいかに富裕でも武家以外のものが三階建ての建物を造ることは許されず、慶応3年(1867)に なってはじめて京都、東京でこの禁令が解かれ、以後順次全国で認められるようになった。しかし、大正8年に市街地建築物法により木造高層住宅が禁止されたので、3階建以上の木造住宅はわずか50年ほどの間しか造られなかった。名古屋城から伊勢湾へと流れる運河堀川に面したこの商家は、間口が狭く奥行の深い典型的な町屋である。2階には露地にみたてた廊下、待合、原叟床風の床框や墨蹟窓などを備えた茶室が設けられている。又、正面の壁が三階まで直立していのは日本の建築になかったもので、ビル化する商店建築の先駆けと言えるものである。

1/150 スケール
税込価格\1,620 (下部の台座は付属されておりません)
準備する物: ピンセット、カッターナイフ、木工用ボンド(速乾性細塗りタイプ)、カッターマット


博物館 明治村 むらなみシリーズ 『半田東湯』


 この東湯は、知多半島の先、三河湾に面する港町亀崎にあったもので、小さな町にふさわしく間口3間のこじんまりとした銭湯である。明治の末頃建ったと推定され、約半世紀にわたって営業されており、湯水を多く使う商売柄、建物の傷み・改変も少なくなかった。しかし、表構え、番台などに明治の古風な銭湯の俤が遺されている。木造で前半分が脱衣室と和室が重なる二階建、奥の浴室部分が平家建になっており、屋根は前後とも切妻屋根である。外壁は和風の下見板張で、一階廻りにはガラス建具の窓・出入り口を開け、二階の窓には障子を立てている。
 古来、日本の銭湯には湯屋と風呂の二つの形があった。湯屋は湯舟に満たされた湯の中に身を沈める形で、風呂は湯気に身を包む蒸し風呂の形式であった。しかし、蒸し風呂は密室を必要とし、多数の客を入れることができないため、次第に湯屋が主流を占めるようになった。
解体の時には、浴槽や床にはタイルが張られていたが、手法が新しいと判断されたため、明治末期の姿に推定復原した。男女の湯舟は隔てもなく、一つながりである。
1/150 スケール
税込価格\1,620 (下部の台座は付属されておりません)
準備する物: ピンセット、カッターナイフ、木工用ボンド(速乾性細塗りタイプ)、カッターマット

博物館 明治村 むらなみシリーズ 『品川灯台』


 江戸幕府、ついで明治政府は燈台建設のための技術援助をフランス、イギリスに依頼、東京湾沿岸の観音崎、野島崎、城ヶ島、品川の4つの洋式燈台がヴェルニーを首長とするフランス人技術者の手によって建設された。

 この燈台は品川沖の第ニ台場の西端に建てられ、明治3年(1870)3月5日に点燈された。石油による光で100燭光、光源の高さは地上から19尺(約5.8m)海面上52尺(約16m)、光の届く距離は約18kmと記録されている。

品川台場は、江戸防備のため江川太郎左衛門の計画に基づき幕末に急造された人工島で、当初は大砲を備えていた。観音崎など他の燈台がなくなった現在、現存最古の洋式燈台として貴重な遺構である。
1/150 スケール
税込価格\1,620 (下部の台座は付属されておりません)
準備する物: ピンセット、カッターナイフ、木工用ボンド(速乾性細塗りタイプ)、カッターマット



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